鰻を普段から食べられるようになったのはいつからだろう?40年、50年まえには、鰻を食べるというのは、
年に一回あるかないかの特別の儀式に近い日であった。
理由は、高いから。
いまでも安い訳ではないが、安いウナギを食べようと思えば、
それなりにある。
たとえば、50年前に鰻屋という古式豊かな店の暖簾をくぐると、
出てくる時には、財布が相当軽くなったものだ。
まず暖簾をくぐるのに、勇気が要った。
覚悟も要った。
基本的には、自腹ではなく、接待で食べるのが鰻だった。
「うなぎ 行きませんか?」
会社の上司に言われると、ドキリとして覚悟を決めねばならない。
「退社」という文字が浮かんでくる。
まずもって、「食べに」という言葉をカットして聞かされた。
まだ食べてもいないのに、喉がゴクリと音を立てる。
何の音かは分かっている。
鰻屋という所は、店内がそっけない。
張り紙もほとんどないし、テーブルに置いてある分厚い、
お品書きを開いて見ても、松・竹・梅しか書かれていない。
つまり店内に読むものがない。
上司とふたりだけで、畳の部屋に通され、
話を紛らわす用語が見つからない。
せめて壁に絵画でも掛けられていれば、
無理やり絵の話に誘導できようものの、
見事なまでに、シンプル極まりない造りになっている。
その上、料理が出てくるのに、信じられないほどの時間がかかる。
「・・・・・あのね・・・・」
上司から漏れ始めた言葉が怖い。
「へいしゃのネ・・・」
ああ~始まった
「青森支社のね・・八戸出張所がネ・・・」
よお~~し食ってやる。
上司の手前、竹を注文したが、なんならお代わりをねだってみよう。
松の大盛りを食ってやろう。
もちろん肝吸い付きだ。
「あのぅすみません、ビール注文していいですか!」
鰻屋は、様々な人生の式典に使われている。
虹に浮かぶ 瓦屋根