ホテルの17階
なぜ とびおりる のだろうか?
スキーのジャンプ競技とはその昔、ノルウエーで、
囚人に、その旨を伝えたらしい。
「もしこの崖をスキーで飛びおりて生きていたら刑を許す」
実際に行われていたらしい。
スキージャンプ発祥の逸話としては、あやうい信憑性がある。
さほど、飛び降りるのは、恐い。
勇気があるとかないとかの問題ではない。
命がけという言葉がつきまとう。
現代のように外科医学が発展していない頃の話だ。
どこの国でも飛び降りは、人々の興味の対象であった。
たとえば、アメリカのゴールデンゲートブリッジの上、
75mからのジャンプでは、972名中19名しか生存していない。
それでも、挑戦しようという人達がいた。
京都に《清水寺の舞台》というテラスがある。
「清水(きよみず)の舞台から跳び降りる覚悟で」
とは、例えとして良く使われる。
比喩であるのだが、実は・・・
比喩になる為には、実際に跳んだ人がいなければならない。
その昔・・・と言っても明治以前の話だが、
あの木造りの棚の上から、人間が飛び降りるのが
流行ったのである。
一種の願掛けと言えよう。
「○○がうまくいきますように!」
「あの人と結婚できますように!」
願いは様々だが、神社にお賽銭を投げてではなく、
我が身を投げて願いを遂げようとした。
清水の舞台の高さは、13m、4階建てのビルの屋上である。
今、5階にお住みの方、ベランダから下を覗いてみましょう。
下にクッションも何もなく、ただ飛び降りるのです。
理由は、願掛けです。
それでも、まともに着地できるとは、誰も思わないらしく、
色々な思考を巡らした。
着地のスピードを、少しでも緩めようと、
傘を持って飛び降りた、と言う絵も残っているが。
挑戦した人の数は、江戸の150年間で、234人。
生存率は、10代から20代が90%で、
60才以上は、100%が亡くなっている。
中には、80才で挑戦した方もおられたそうだ。
あくまで生存率というのは、単に死ななかった人数のこと。
(交番の前に、「昨日の交通事故死者数」
という数字が、書かれてあるが、あれは、
24時間以内に亡くなられた方の数のこと)
人間が飛びおりるには向いていない肉体だと、
教えるヒマがなかったのか、
教えても、きかない人が必ずいるらしく、命がけの飛びおりは続く。
明治政府が禁止令を出さなかったら、まだ続いていただろうか?