本日は、酒場放浪記を思いっきりパクってみましょう。
《坂場放浪記》
坂好きである。
登りも下りも、どちらも好きだが、
あえて言えば、登りの方が好きだ。
大分県の臼杵市の上臼杵駅の裏手に、
《福良が丘》ふくらがおか という小高い丘がある。
イシマルが小学3年~5年まで暮らした福良が丘小学校がある。
この丘に行こうと思えば、必ず急坂を登らねばならない。
(冒頭写真)
けんじろう君の家は、いくつも道がある中で、あまりにも急坂で、
皆が登りたくないと言われた中腹に位置していた。
小学校までは、すぐに登り着くのだが、
ふもとに降りると、登り返すのがツラ過ぎて、
だれもが通りたくない坂だった。
50CCのオートバイが登れないほどの急坂。
ところが、この坂が、ゆるく見えるほどの坂が、
もう一本、この丘にはあった。
その名が――
《屁ひり坂》 へひりざか
小学生が聞いたら、大喜びしそうな名前である。
後年になって、この名前の由来を知りたくて、坂を訪ねた。
坂の中腹にお住まいのおばあちゃんに、訊いてみた。
「この名前はなんじゃろうかね?」
おばあちゃんは、恥ずかしそうに身をよじりながら答えてくれた。
「あんな、昔 若い時にナ、この坂を一所懸命登りよったんヨ。
ほったらな、あんまり坂がキツくて、踏ん張っち登りよったら、
屁がプっプ プップ 出てしもてナ・・・ああ~恥ずかしぃ~
ほんじゃき、屁ひりざか っち言うようになったんじゃぁ~」
坂場放浪記 ではまた――
竹田市の岡城の坂道