
《
渡嘉敷島の海》
海の上を、ウインドサーフィンで疾走したり、
船を浮かべて釣りをしたりと、子供の頃から遊んでいる。
50才頃に、かねてより気になっていたのは《海の中》。
それは、溺れるとか、サメがいるとかの恐怖の対象。
しかしながら、20世紀に海の中を、
人間が居られる時代にしてくれた人たちがいた。
ジャック・クストー
世界の水中映像を我々に見せてくれた海の恩人である。
スキューバダイビングの用具の開発をグっと進めてくれた。
さして訓練をしていない素人が、水深10~20mで、
息をしていられる。
良い時代に生きている瞬間を味わえる。
それ以前は、《素潜り》が人間のなせるワザだった。
息を長く止めていられる人たちの独壇場だった。
海で遊ぶ友人に、《いきながとうか》ビトがいる。
これは、「息をどれほど長く止めていられるか?」
という方言(大分)であろうと思う。
1分はおろか、2分間、水の中に水没すると浮いて来ない。
ひとりの友人などは、3分、浮いて来ない時もあった。
こちらとしては、事故が起きたのではないかと、やきもきする。
そのコチラは、水中にずぶりと潜って、10秒もすると、
もう苦しくて、水中で溺れかかっている。
30秒なんて、気が遠くなりそうな遥か彼方。
「動くからいけないんだヨ」と言われ、
おおきな石を持って沈み、ジッとしていても、
20秒ほどで、パニックになりそうになる。
ところがある時、美しい海の中で、
魚が泳いでいるのを夢中で見ていたら、
30~40秒も、海中に居ることができた。
なるほど、心がおおきく関係していると分かった。
そんな横で、2分以上潜り続け、
モリで魚を突いている友人がいる。
その様子を海面に浮き、海中メガネで見ていると、
彼は水深10mあたりで、ジッとして魚が通り過ぎるのを待っている。
1分ほどしたころ、やにはプシュッとモリを突くと、
40センチもある魚がモリの先でもがいている。
感心していたのだが、あがって来る気配がない。
なにやら、キョロキョロしている。
なんやかやで、その後1~2分経ってから、
ゆらりとあがって来るなり――
「いや~もう一匹いたんだけどねぇ~」
だってサ。
与論島の海