大分県は別府市に、伊藤博文が泊まったという料亭旅館があった。
中学2年の時の家が、そこだった。
とにかく広かった。
余りに広いので、三家族で住んでいた。
なのに、他の家族と一ヶ月に一回くらいしか出くわさなかった。
夏休みのある日。
『池がきたない!洗おう!』父親が言い出した。
恐らく、200年以上経っているお屋敷だ。
建ってからこれまで、池なんか洗った事はないだろう。
なにしろ、大きな池だ。
栓は見つかった。
抜いた。
水が抜けるのに、一週間かかった。
この頃になって、慌てだした。
錦鯉が100匹くらいいるのは分かっていた。
だが、良く見ると、黒い鯉、
つまり
真鯉がその10倍位いるのだ。
父親が、馬鹿でかいバケツを大量に借りてきた。
ボンボン放り込む。
それからというもの、このバケツに水を注ぐのが
仕事になった。
池を洗う。200年以上分の泥が流れていく。
(これは、いい泥なんじゃないかなあ)
『おー綺麗になったあー!』
父親だけは、喜んでいる。
『食おう!』父親が、立ち上がった。
真鯉を食おうというのである。
そうか!ここは元々料理旅館だった。
厨房を探してみると、直径1メートルくらいの
馬鹿でかい中華鍋が出てきた。
ひとつの中華鍋で、バケツから掬って来た鯉を唐揚げにする。
もうひとつの鍋に、中華のアンを作っておく。
さすれば、
中華の鯉の餡かけが出来るのだ。
50センチくらいある鯉を唐揚にするのだ。
この日から、毎食、一人一匹、鯉を食べ始めた。
5人家族で、一食に5匹。
朝昼晩の3食、一日で15匹。
池に水が溜まるまでの
一週間、食べ続けた。
最大で、70センチの鯉を揚げた時は、30分くらいかかった。
『飽きた!二度と、鯉は食わん!』父親は始めるのも唐突だが、やめるのも、唐突だ。
満水式には、友達も呼び、鯉と共におおいに
泳いだのだった。