食べ物の取材ロケで、秋田県に行った時の事だ。
モナカの取材だった。
撮影班は、取材の店に辿り着いた。
ああ、あの店だなと思ったら、その周り
消防車だらけである。
サイレンが鳴り響き、
あたりに黒煙が立ち込める。
道路に、何本ものホースが伸びて、足の踏み場もない。
幸い、その店が燃えているのではないらしい。
『ごめん下さい』
入った店先に20代の娘さんが涙をボロボロ流して泣いている。
泣いている割には、嬉しそうに泣いている。
笑いながら泣いている。
泣きながら何かを説明しようとするのだが、
興奮し過ぎて何を言っているのか、解らない。
その時奥から、店のご主人が出てきて、解説をしてくれた。
その娘さん、結婚する事になり、この日はアメリカに
旅立つその日であった。
ところが、その日に、テレビの取材が入ったのである。
全国放送の有名な番組だ。
テレビの取材なんて、その町ではほとんどないだろう。
何日も前から、上へ下への大騒ぎになった。
そして当日、
30分後にはテレビ局が来て、
その
1時間後には、アメリカへ向けて花嫁は旅立つ。
もう、娘さんの胸は張り裂けそうである。
その時!
『
火事だ!!!!』
裏の家から出火したのである。
一気に炎は燃え盛り、サイレンと共に消防車のごった返しだ。
紅蓮の炎はどんどん近づいてくる。
『逃げろ!逃げろお!』
両親も走り回る。
やがてあっという間の30分。
放水の効き目正しく、類焼はまぬがれた。
呆然と店先に立つ娘さん。
そこに、イシマル達が現れたのである。
『ごめん下さい』
いらっしゃいませ とも言えず、何から説明していいか
解らず、ただただ、口をパクパクするばかり。
確かに、人生において
結婚する日に、
テレビの取材が来て、
隣が火事になった方なんて、まずいないだろう。
おまけに
初めてアメリカに行こうとしているのだから。
笑いながら泣いている娘さんは美しかった。
今頃、地球の反対側で幸せに暮らしているだろうか。
あの店は確か、くじらの形をしたモナカを売っていたな。
又、訪ねてみよう。
どうか燃えませんように・・・