
<ざくろ>という和食の高級料理店が東京にある。
35年前、皿洗いのアルバイトで行った。
『どこ座っとんじゃ!』
板長が真っ赤な顔で怒っている。
少し前に、下っ端の板前さんが、
アルバイトのイシマルに命令を下したのだ。
「シャブシャブ鍋を磨く様に」と。
その時、
この板の上に腰掛けて磨くと楽だぜと
ぶ厚い板を貸してくれたのだ。
その板が、実は、何を隠そう、板前さんにとっては尊い尊い
<まな板>だったのだ!
『どこ座っとんじゃ!』
当時の板長さんは
怒っていた。
本気で
怒っていた。
<叱る>ほどの余裕がなかった様だ。
でもネ、怒られたイシマルはあくまでも、
アルバイトなのだ。
包丁いっぽんサラシに巻いて板前修業している訳ではないのだ。
時給190円(食事つき)のアルバイトなのだ。
しかし、
炎の板長さんは、
命より大切な、まな板に座っている事実が、許せないのだ。
数日後
『
いくらすると思っとんじゃ!』
洗い場で大きな皿を何となく洗っていると、
再び現れた
炎の板長さんが、怒鳴っている。
(はて、いくらなんだろう?)
『貴様がひょいとほおったその皿!80万じゃ!』
(今の金額で200万円以上)
ひえええ~
ちょっと待ってヨオ~そうならそうと先に言ってヨォ。
一介のアルバイトに、そんな皿洗わせないでヨォ。
だって、もし割ったら、
え~とイシマルは何ヶ月、ただ働きするんだい?
んん何年かな?
ねえ、経営者の皆さん!
アルバイトのイシマルは結構懸命に働きます。
だけんども、あくまでアルバイトだけんね。
あまり期待しないでね。
責任も負わせないでね。
少なくとも、80万円の皿は、御自分で洗ってね。
~~~ ~~~
30数年後、客として<ざくろ>に行った。
実に美味かった。
80万円の皿は出てこなかった。
とっくに、誰かが
割ったのだろうか。