断食(だんじき)をした事がある。
いつ断食をしたか思い出そうとして、
30数年前の、あるスポーツの記念日だった事に気付いた。
『そうだ、
断食をしよう!』
ある日、思ってしまった。
『そうだ、
八丈島に行こう!』
目的地は簡単に決まった。
流人の島、
島流しというフレーズが、断食と重なった様だ。
テントを担いで、東京から船に乗った。
丸一日で着いた。
海岸にテントを張った。
日差しが眩しい夏だった。
断食とは便利なもので、お金が掛からない。
持ち物もほとんどいらない。
水さえ飲めれば、それで生活出来るのである。
3日も経てば、トイレも用がなくなる。
ただし、その3日間が苦しい。
頭の中は
食べ物の事でいっぱいだ。
2時間も3時間もサバの缶詰の事を考えていたりする。
カレーライスだったら、5時間くらい平気で想像出来る。
断食って、精神修養の筈なのに、
ヨコシマな考えを
全く克服出来ない。
周りには美しい自然が溢れているのに、
心に見えているのは、カツ丼だ。ラーメンだ。
ところが、3日を過ぎた辺りで、ふっと身体が軽くなった。
元気が出て来た。
レンタル自転車を借りて、八丈島を走った。
八丈富士にも担いで登った。
何も食べていないのに、何故か、エネルギーが湧いてくる。
不思議だ。
辛いのは朝だ。
朝、目が覚めると、身体が言うことを利かない。
低血圧の人の気持ちがわかる。
しかし、這いずって海に飛び込む。
するとどうだ!
あの鉛の様に重かった身体がすっきり元気になっているのだ。
天気を知る為にラジオを持って行っていた。
ある夜、テントの中で野球の中継を聞いていた。
巨人が戦っている。
アナウンサーの声が突然絶叫に変わった。
『
入った!入った!756号ホームラン!』
そう、王貞治がホームランの世界記録を作った瞬間だ。
思わずテントを飛び出し、
ボーと夜空を見上げていた事を覚えている。
偉大な記録を作る人とは、
多くの人に
その日の記憶を植え付ける人とも言える。
その日私は、八丈島の断食青年だった。