体操競技があやしい。
吊り輪があやしい。
様々なスポーツ競技に於いて、
こんな不思議な演目もない。
演技の最中に
「私を見て!」と
観衆に向って顔をあげるのだ。
<十字懸垂>というワザがある。
一般人には、マネのしようがない、究極の力技だ。
それが発展して、最近では、その十字の形のまま
水平に身体を浮かすのである。
その瞬間に、
ゆらり・・
<顔を持ち上げる>のだ。
(みんな、見てます?)
自信満々のすがすがしい顔を見せるのだ。
(凄いでしょ、コレ!)
その目は、清く澄み、遥かな彼方を見つめている。
たった4秒ほどの事だが、まるで時が止まってしまったかの
ひとときを共有する。
フィギュアスケートで、回転して降りてくると
満面の笑顔をみせるが、あれは、営業スマイルである。
あの笑顔が点数に反映されるのだから、
いたしかたない演技の内なのだ。
しかし、吊り輪の崇高な表情は、あやしい。
体操競技がもし、ショーだったとすると、演出家は
真っ先に、場内の明かりを消すだろう。
そして、あの顔に向けて、数十本という
ピンスポットライトをあてるのに違いない。
水平十字懸垂が決まり、
顔をゆらりと上げた瞬間に、
ティンパニが鳴り響き、シンバルが打ち鳴らされるだろう。
そして荘厳な、ギリシャ悲劇のクライマックスの合唱で
会場は埋め尽くされる。
(みんな、見てます?)
見てます、見てます!
(凄いしょ、コレ!)
凄いです、凄いです!感動してます!
(みんな、出来ます?コレ)
出来ません、出来ません!
(じゃ、そろそろ、おりますよ~)
っと見せかけて、
エ~!
逆に上に上がっちゃった!ヒエ~
あのすがすがしさは、余りにも・・あやしい