<MAルーム> (エムエー)
ナレーションを収録する部屋である。
その中に、ナレーターが閉じこもる小部屋がある。
ナレブースなどと呼んでいる。
2畳ほどの小さい部屋から、20畳ほどの大きさまでマチマチ。
その中に、一人椅子に座り、
テーブルの原稿に目をやり、
目の前のモニターに映る映像を眺め、
その前にぶらさがるマイクに向って、
声を発するのである。
さあ、
この室内の
防音装置が、とんでもないのである!
ところで、
無音の場所って、行った事ありますか?
「いや~田舎のうちはいいねえ、静かで~」
そう、都会をはずれた田舎は静かだ。
夜はよく眠れる。
しかし、それは街中との比較であって、
実際には、いろんな音が聞こえている。
川のせせらぎであったり、
屋根に落ちる木の実の音であったり、
母ちゃんがススグ炊飯の音であったり・・
「行ってきたぞ!入水鍾乳洞。音が全く聞こえネエ!」
ふむ、洞窟内も格別の静けさを保っている。
じっとしていれば、
ほとんど音が聞こえない。
シーンと云うより、ツーンとしている。
しかし、問題はその<
ほとんど>というクダリだ。
ナレーションルームでは、
<ほとんど>などという曖昧さは許されない。
<
全く>の無音が要求される。
正確に表現すれば、
雑音を完全に排除しなければならない。
その為、壁そのものが異常なまでの厚さと素材で作られている。
ガラス窓があるのだが、
いったい何枚の強化ガラスで仕切られているのだろう。
入り口の
ドアにいたっては、
『ここは、日銀の金庫室かい!』
思わず、叫んでしまいそうだ。
二つ並んでいるロック装置を、
スタッフにガチャリと、閉められると、
「私がやりました・・」
刑事に諭され、牢獄に放り込まれた心境になる。
そして室内。
まず、床は当然足音がしない、フカフカ絨毯である。
壁には、独特の凹凸をはめ込み、
音の反響、許すまじの形状、素材である。
さらには、机にも、やわらか素材を張りつけてある。
云ってみれば、部屋全体が、自動車のマフラーと化している。
さあ、その部屋に入ると人は、どう感じるか?
恐らく、初めて入り、閉じ込められたら、
5分ともたないであろう。
無音経験のない方には、耐えられない
圧迫感である。
耳栓をしているのとは、又違う状態。
聞こえる筈の音が、聞こえない・・という感覚。
自分の吐いた吐息が、はっきり聞き取れないのである。
(ボクの声はどこに行っちゃったの?)
高山で、
吸っても吸っても息が入ってこない状態に
似ているかもしれない。
真の暗闇で、目を
見ひらいても見ひらいても
何も見えない状態に、似ているかもしれない。
余りにも美味しい餃子なので、
食べても食べても
まだ食べたくなる状態には・・・
全然、似ていないかもしれない。