「写真、よろしいでしょうか?」
役者をやっていると、サインと写真は、付き物である。
状況により無理な場合を除き、積極的にサインも写真も
させて頂いている。
ところが、以前こんな事があった。
「すいませ~ん、写真いいでしょうか?」
『あ、ああ、いいですよ』
気軽に返事をしたイシマル。
見ると、声を掛けてくれたお父さん、その後ろに、奥さんと、
二人の子供、そのお爺ちゃんお婆ちゃんが立っている。
その背後には、神社の鳥居・・と、背景ロケーションも
申し分ない。
『さっさ、集まりましょ』
とイシマルが率先して、皆を並ばせ、
その真ん中に陣取った。
ん?
なんか変だ。
お父さんが、あちらで、カメラを持ったまま、
構えるそぶりを見せない。
イシマルが、ニコニコ顔のまま、隣のお婆ちゃんを
横目で見ると、
同じ様に、目を横にひん曲げて、見返してくる。
下の子供たちを下目で見ると、
頭をのけ反らして、こっちを見ている。
ん?
ひょっとして・・・
が~~~ん!
そうだったのだ。
お父さんは、
通りがかりの人に、シャッターを押してくれと、
頼んだのである。
「すみませ~ん、写真いいでしょうか?」
イシマルの事なんか、知りもしないのである。
『あははは・・・』
慌てて、取り繕いながら、お父さんからカメラを受け取り、
シャッターを押し続けた。
顔から、火が出るとは、まさにこの瞬間だ。
ご家族の消え入るような、
「ありがとうございました・・?」
の言葉を背後に聞きながら、すっとんで、退散したのだった。
恐らく、あの家族、家に帰るなり、今日観光地にいた、
とんでもない
お馬鹿な野郎の話で盛り上がる筈である。
あちこち、電話を掛け、
「ねえねえ、今日さぁ~~」
を始める筈である。
ただ一点の救いは、彼らが、私が誰だか分らなかった事だ。
ああ、穴が無くとも、掘って入りたい。