「はい、この薬を飲んでください・・今」
私の主治医は、整形外科の大畠先生だ。
「先生、船に乗って釣りに行きませんか?」
『行ったことないんですが・・』
「大丈夫、任せてください」
任せてと胸をはった私が、前日の夜からレクチュアを始める。
・大酒を飲んではいけない。
・睡眠をたっぷり取らなければならない。
・朝食は、普通にしっかり食べる事。
・甘いものは控えるように。
しかして、いいつけをちゃんと守った先生は、
早朝、港に立っていた。
「はい、この薬を飲んでください・・今」
つまりですねえ・・
私は、お医者さんに、処方したのである。
酔い止め薬であるが、確かに、素人がお医者さんに
お薬を渡して、飲む時間まで指定したのである。
今だ・・と。
通常、医者から薬を貰っても、飲むところを見られる事はないが、
私の場合は、患者である大畠先生が飲むところを
しっかりと見届けた。
船酔いをされて、万が一船べりから転落でもしたら、
生死に拘わる問題だ。
今日だけは、
私が先生の主治医になったのだ。
さあ、出港!
港を出た船は、爽快に走り続けること、40分。
やがて、船足が遅くなり、目的地に着いた。
目的地と<地>を使っているが、大海原。
見渡す限り、海だらけだ。
水深が1200mあると船長が言う。
私の予測に反して、以外と波がある。
ここで、船上の処方をする。
・下を見ないこと。
・細かい作業をしないこと。
っと、処方をたれている間に、
早くも、
患者である先生の目つきが鈍くなってきた。
船酔いの第一段階に入ったのだ。
しばらく釣りをしながら、患者を見やると・・
ふむ、第二段階に移行していくのが分かった。
主治医の私が往診する。
・遠くを見てください。
・このお湯を飲んでください。
・水分をたくさん採りましょう。
深く大きく呼吸をして、この上着を着てください。
暖かいのが一番です。
ああダメダメ、チャックは私が閉めます。
下を見ないで!
とても、素直で良い患者だった。
まあ、しかし、患者に言わせれば、
『なぜ、わざわざ荒れ狂う海に連れてこられなきゃならないの?』
でもね、良い患者のご褒美に、
すこぶる美味しい釣りたてのマグロが食べられたでしょ。