
いよいよだ。
ついにやってきた、いよいよだ。
人は、人生のいつか、いよいよを迎える。
私の、いよいよは、3000mの高地で迎えた。
穂高岳山荘で夜明けを迎えた。
今日は、奥穂高岳から西穂高岳へ向かうのである。
それは、登山人間にとっては、
究極の選択なのだ。
《
ジャンダルム》
ついにその峰を越えることが出来るのだろうか?
昨夜、山小屋に泊まっていたのは、たった5人。
そこで、ジャンダルムへのルートへの話し合いが行われた。
喋っていたのは3人。
・穂高岳の山岳インストラクター親爺
・単独行の屈強な若者
・イシマル
イシマル「このまま雨模様だと、行けませんか?」
親爺「やめたほうがいい」
屈強「そうですか・・」
イシマル「雨がやんだら行けますか?」
親爺「行けるよ」
イシマル「! 行けますかあ~!」
親爺「だが、あんた、8時間、命をやりあえるかい?」
イシマル「ゴクッ・・」
親爺「一瞬でも気を抜いたら、落ちるよ」
イシマル「谷底に?」
親爺「毎年、少しだけど、
いなくなるんでネ」
イシマル「ど・どこに
いなくなるんで・・?」
親爺「見つからねぇんだよ、落ちたらぁ・・」
イシマル「はぁ・・」
ここで、屈強君が喋る。
屈強「行ってもいいんですか?」
親爺「まあ、自由な国だからヨ」
屈強「いい国ですネ」
イシマル「いい国に生まれたネ」
屈強「雨あがるといいですね!」
イシマル「願おう!」
かくして、夜明けを迎えた。
ザ~ザ~
天気予報では、晴れだというのに、
さすが山の天気!
雨合羽なしでは歩けない曇天である。
山小屋前の岩を触ると、ジトジトに濡れている。
「では!」
一足先に小屋を出た。
「お先に!」
途中で、屈強君に抜かれた。
奥穂高岳の山頂で、さらに声をかけられた。
「では!」
屈強君は、
ジャンダルム方面へと、旅立ったのだった。
まるで、荒野の素浪人を彷彿させる後姿。
名前も知らない彼だが、
単独で霧の中へ、静かに消えていった。
映画マカロニウエスタン、
<荒野の用心棒>のテーマ曲が山岳に流れた。
♪~ピョロリロ~ン~♪
えっえっ?
で、私はどうなったかって?
文豪大江健三郎は、著書を出している。
《青春の挫折》
人は、時折、退却する勇気を持たねばならない。
壮年も挫折を受け入れなければならない。
マカロニウエスタンに釣られてはならない。
あれは、映画だかんネ!
クリントイーストウッドに騙されてはいけない。
彼は、映画だかんネ。
結果を言おう。
山頂から、別コース、前穂高岳を経由し、
標高差1700mをいっきに下り、
上高地の観光地に降り立ち、
ソフトクリームを食ったのサ。
いやあ~
そのソフトクリームの旨かったことッ!

私は今、雲の底