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カテゴリ:昔々おバカな話( 496 )
お馬鹿テン 昔々お馬鹿な話編
お馬鹿テン 昔々お馬鹿な話編_e0077899_11193415.png
2019お馬鹿テン
 《昔々お馬鹿な話編》

《ホテルの明かりが消えな~い》2018;10月16日

《ホッケのひらきで皿なめろ》2018;10月23日

《爺様の映画館》2018;11月23日

《真冬の水シャワー》2018;12月14日

《正也のq正月の釣り》2019;1月1日

《おだたる》2019;1月16日

《ブッチャーの引退》2019;2月21日

《病院定期健診の憂鬱》2019;2月22日

《胃酸の逆流》2019;4月18日

《標準語を初めて聞いた日》2019;4月20日

《先輩役者と呑み続ける》2019;6月8日

《先輩役者たちのお話し》2019;6月9日
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   山口の朝食
by ishimaru_ken | 2019-12-27 05:18 | 昔々おバカな話
山の中のクリスマス
山の中のクリスマス_e0077899_10585594.jpg
 クリスマスイブに山の中で過ごしたことがあった。
47年ほども前のことである。

テントを担いで、秩父の山の中に入りこみ、
どこを目指すでもなく、ただ山中を歩きまわる。
そのうち日が暮れると、テントを張る。
今と違って、テントを張る場所が、
限定されていない時代だった。
3日も4日も、山の中にいると、日にちの感覚がなくなる。
「たしか今夜あたりが、クリスマスイブだったよな」
あくまで「たしか・・」である。
12月終盤ともなると、山の中は、寒い。
まともな寝袋ともいえない袋に下半身をつっこみ、
飯盒でご飯をたき、蒸らしている間に、
みそ仕立ての鍋モノをつくる。

具は、魚肉ソーセージに、山の中で集めた草のたぐい。
摘んだ時に、試しに口に入れてみて、
食べられそうだと判断した草たちだ。
さすがにキノコは怖くて摘めなかった。
味噌とショウガがあれば、大概のモノは食えた。
ただし、夏場と違って、ほとんどの植物が枯れているので、
食材探しが、日中の責務となる。

クリスマスに、山中で泊ったのは、
この時が最初で最後である。
理由は、冬には食い物が見つからないから。
今なら、食材を担いで行くのだろうが、
当時は、なるべく現地調達が基本姿勢だった。

音もなく、ただただ静かなだけの夜。
ラジオもなく、カメラも持たず、
いったい何をしているのか?
目的すらはっきりしていないクリスマス。
酒も呑まず、
ただぼんやりとしているだけのクリスマス。

今の自分にこんなことが出来るだろうか?
青い・・という事は、宝である。
山の中のクリスマス_e0077899_10584139.jpg

by ishimaru_ken | 2019-12-24 05:58 | 昔々おバカな話
バリが空をとんで
バリが空をとんで_e0077899_840021.jpg
 《バリ》という魚がいる。
九州でそう呼ばれている。
《あいご》というのが、正式名称かもしれない。
私のふるさと大分では、バリ。

背びれに毒がある。
刺されると、手がグローブほどに膨れあがる。
漁港の堤防などで釣り糸を垂れていると、
このバリがかかる。
毒がある魚は、体力がある。
身体をブルブルと振るわせ、竿をしならせ、
精一杯の抵抗をして、釣りあがる。
抵抗するあまり、釣りあげた時に、
勢いあまって、空を飛んできたりする。
ビヨ~ンと空を飛んだバリが、
その昔・・

けんじろう君の頭に着地した。
頭のてっぺんに背びれの針が刺さった。
グサッ
子供の頭のてっぺんで、
さかさまに刺さって、ピクピクしている、
バリという魚の絵面を想像してほしい。

大人の手に刺さって、
グローブのように腫れると言われた毒。
その毒針が、小学生の頭に刺さった。
近くにいた大人たちが、悲鳴をあげた。
あげていない小学生、けんじろう君の眼が裏返った。
ピクピク・・

バリの毒は強烈だった。
しかも刺さった場所が、脳のすぐ近く。
おそらく脳神経を刺激した。
どう刺激したのだろう?

以来、けんじろう君は、
せっかく生まれ持ち合わせた高度の頭脳が薄れゆき、
中途半端な頭脳に堕ちたのである。
バリによって・・・
バリが空をとんで_e0077899_8393167.jpg
        カミキリムシ
by ishimaru_ken | 2019-12-14 05:36 | 昔々おバカな話
三つ子の魂66まで
三つ子の魂66まで_e0077899_933281.jpg
               鳳凰三山 地蔵岳

 「落ち着きがないなあ」
 「いっときもジッとしていないなあ」
常に私が言われる言葉である。

 「テーブルを揺するなヨ」
 「一回座ったら、動くなって」
レストランでは、こう言われる。

 「そこはもう探したろ」
 「ないものは諦めろって」
捜しものをしてると、たしなめられる。

基本的に私は、叱られている。
子供のころから叱られ、ずっと叱られ続け、
今でも叱られている。
しかも、同じ内容で叱られている。
叱られる内容が、変化しているならまだしも、
全く同じ動作であり、失敗であり、こだわりに向けて、
お叱りの言葉が吐きだされる。

さすがに、この年齢に人間に、
きつい言葉は投げかけられないのだろうか。
オブラートされた会話の中で、
しっかりとお叱りをされている。

 「はあ~・・またどこかにスマホお忘れになったのネ」
 「帽子をどこに置いてきたんですか?」
え~とネ、私的には、忘れたとか置いてきたとか、
そういう高齢者特有のしばりではなくですネ・・
忘れ物に関しては、小さい頃、
それこそ幼児の頃からのクセでありまして、
是非、クセとしての括りで扱ってもらいたい。

たとえば・・
 「あ~この人は数学的にモノを考えるクセの人だな」とか、
 「あ~この人は音に敏感なクセがあるのだな」とか、
そういう括り方でとらえてもらいたい。
つまり、いま最近忘れ物をするようになったのではなく、
小学生、いや幼稚園のころから、
忘れ物をするクセのある人間だったと、
認識し、括っていただきたい。

でないと、単に私がスマホを、
ちょいと、駅のトイレに忘れたぐらいで、
 「ああ~やっぱりネ」
とかの溜息をしないでもらいたい。
帽子をタクシーか飲み屋かに忘れたぐらいで、
 「ふ~ん」と冷たい目線を送らないでくれたまえ。
えっ、タクシーか飲み屋かはっきりしろって?
あ・・いや・・駅のベンチかもしれんしぃ・・
あ~思い出した、思い出した!
新幹線の、帽子掛けだワサ!
えっ、見つかった?
拾得物集積所にあるから取りに来いって?

ん・・・だからサ、これはクセでありましてだネ。
えっ、自分で行けって?
 「あ~ごべんネ、なんだか最近ぼんやりしちゃってネ、
  どこサ取りに行くのか、よく分かんなくてサ・・」
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          御嶽山 三の池
by ishimaru_ken | 2019-11-08 05:31 | 昔々おバカな話
ラグビーの破れないジャージ
ラグビーの破れないジャージ_e0077899_9472212.jpg
 ラグビーの試合を観ていて、いつも感心する事がある。
彼らが来ているジャージは、なんと丈夫なんだ!

一見、ティシャツである。
しかし、上着が破れるシーンを見たことがない。
今から、40年以上前には、よく破れるシーンを目にした。
しかし、現代はいかに!
2mになんなんとする大男たち。
力持ち。
握力計が振りきれる人すらいる。
フライパンをひん曲げたり、
ゴム製の湯たんぽに息を吹き込んで、
破裂させる荒業を披露したりするモノすらいる。
その彼らが、ジャージを掴んで離さない。
よほどの強度がなければ、バリバリに破れるだろう。

上着の進化に感心しながら、
ゲーム中に、私がひそかに期待していたのは・・・
『パンツが破れる』
その昔、ラグビー選手は、下着のパンツを履いていなかった。
理由は、試合中に破れるからである。
よって、下半身は厚手の半ズボンだけをまとっていた
 (今は、インナーパンツをはいている)

その半ズボンが、時折、破れる。
当然、中身があらわになる
これはマズイ。
観客もその事実を知る。
女性客も大勢いる。
では、どうするか?

破れた本人を中心にして、グルリと輪をつくり、
とり囲むのである。
14人いるので、広めの着替え場ができる。
彼らは、外側を向いてとり囲む。
そこに、ベンチから替えのズボンを持った選手が走ってくる。
そして、ゴソゴソゴソ・・
むくつけき大の大人が、秘め事をしている。
観客も心得たもので、知らんぷりする者もいれば、
ピーピーと指笛をならし、ハヤす輩もいる。
格闘技ともいえる激しいラグビーの、
いにしえの、微笑ましいひとときだった。

そんな時、必ずと言ってよいほど、甲高い声が聞こえる。
誰かが連れてきた初めてラグビーを観る若き女性の声。
「ねぇねぇ、アレ何やってんの?
 ねぇねぇ、中で何やってんの?
 ねぇねぇ、なかみって、なに?」
ラグビーの破れないジャージ_e0077899_947427.jpg

by ishimaru_ken | 2019-10-09 05:44 | 昔々おバカな話
一ノ倉の岩壁を眺めて
一ノ倉の岩壁を眺めて_e0077899_1623793.jpg
 谷川岳に《一の倉沢》いちのくらさわ、という場所がある。
沢という名前がついているが、
そこには身の毛もよだつ岸壁がそそりたっている。
1200mの標高差の絶壁。

18才の頃から、この岸壁のぞきに足しげく通った。
岸壁を登るのではない。
その下に立って、眺めるのである。
JRの土合駅地下ホームから462段という長い階段を登り、
お日様を拝んだら、だらだらと、
コンクリーの道をひたすら歩いてゆく。
やがて、ロープウエイの駅を通り越し、
谷川岳資料館をちょいと覗いて、一時間ほど緑の中を歩く。
(歩きたくない人は、シャトルバスが運行している)

すると、突然、見上げんばかりの大岩壁が目の前に登場する。
その写真は、谷川岳の観光写真で観るひとも多い。
しかし、写真とは、
あまりにもデカイものは撮り切れないので、
広角レンズで収めている。
したがって、大きさは表現されない。
写真に惹かれてやってきた初めての人は、
あまりの岸壁のスケールの大きさに、
腰が抜けそうになる。
これまで、何度もこの場所にやってきた私ですら、
腰が心配になる。
想像以上の迫力に圧倒されるのだ。
何回観ても、毎回圧倒される。
こんどこそはと心してやってきても、
「おおお~~~~!」
思わず声を発してしまう。

今回は、我らが山仲間のウエタケ君に見せたくて、連れてきた。
彼は、一の倉沢の真下に立った。
黙った。
しばらくしても口をひらかない。
ただ岩をにらんでいる。

この岸壁に、過去、数百人の人が吸い込まれていった。
ひとつの山で亡くなった数としては世界一で、
ギネスブックにも載っている。
土合駅の462段の階段の数すら越えてしまうという、
哀しい記録である。
そのひとりひとりの、谷川にかける青春の、
狂おしいほどの情熱がこだまし、
今も、時折、ハーケンをうつ音が聞こえてくる。
あれは、かれらの残響だろうか・・・
やっと振り返ったウエタケ君のほおが、赤るんでいた。

私はなぜ、岩登りをしなかったのかって?
(確かに岩好きなのに・・)
それはネ、最初に読んだ山の本が、
新田次郎著の、《孤高の人》だったからである。
一人で山に行く、単独行の加藤文太郎に憧れたのだ。
ところが一人では、岩は登れない。
ゆえに岩に登らなかったというだけの話なのだが、
もし、あの本ではなく、最初の山の本が、
岩に関する本だったとしたら、
ひょっとすると、
私も土合駅の階段の数に入っていたかもしれない。
慎重だが、無鉄砲の方がまさっている私の場合、
そちらの可能性の方が高い。
それはそれで仕方ない人生選択だろう。

今年も、一ノ倉の岸壁をのぞきに来た。
あと何回来るだろう?
一度も登った事のない場所に、
なぜこんなに惹かれるのだろう?
一ノ倉の岩壁を眺めて_e0077899_1622126.jpg

by ishimaru_ken | 2019-10-08 05:00 | 昔々おバカな話
白黒写真
白黒写真_e0077899_19184244.jpg
 昭和28年生まれ、1953年。
この人には、最近になってポロポロと、ある写真が出てきた。
《白黒写真》
今から50年、60年前の写真なのだから、
白黒写真であるのは当然である。
カラーが世の中に普及したのは、45年ほど前だ。
バカチョンカメラと呼ばれたカメラの登場は、
さらに、10年の時を要する。

当時は、《白黒写真》という呼び方すらなかった。
そりゃそうだろう。
白黒しかなかったのだから・・・
そして、今、その写真が、タイムカプセルよろしく、
目の前に蘇ってきた。

実家の倉庫だの、友人のアルバムの中だの、だのだのの中に、
はっきりとした白黒写真が、発見される。
昔の写真は、丁寧に保管されているセイか、
セピア色に変色していない。
たとえ、変色していたとしたら、
その写真を、デジタルカメラで撮り、
白黒処理をすれば、その時代のリアルな写真として蘇る。

私の小学生の頃のアルバムは、すべて白黒。
ゆえに、着ていた服の色を思い出そうとしても、
出てこない。
まあ、さほど色のついた服を着させてもらえない時代だったので、
悩みはない。
ただ・・祭りや舞台の写真に色がないのは、
どこか間が抜けているようで、残念である。

白黒写真のいいところは、
《色の白いの七難隠す》と昔からのコトワザで言うように、
たいがいの人を美化してくれる。
特に、子供の場合は、だれでも可愛い。
という事で、けんじろう君も、
美化されて登場するのであった。
白黒写真_e0077899_1917596.jpg
      ムキ卵とアダ名された頃の 小学5年生
by ishimaru_ken | 2019-07-09 05:17 | 昔々おバカな話
三浦かるた す
三浦かるた す_e0077899_1555593.jpg
 三浦かるた 『す』

 すてきなけしき
 海岸段丘


~~~ ~~~ ~~~
海岸段丘である。
岩礁地帯である。
私が長年、海岸の地図つくりで探検している、
三浦半島の岩礁地帯だ。
太古の地層がむき出しになり、
地球の造山活動の歴史を、教えてくれる。
台風がくれば、大波で洗われて、年々景色が変わっている場所だ。

サスケの練習場所として、
《ゴジラの背中》と名付けた一帯は、
ゴツゴツとした岩が連なり、もし転べば、大ケガ必死。
そこを全力で走りぬけるのである。
集中力が高まれば転ばない、という信念が、
今のところ勝っているから転ばないのだが、
 「そろそろやめたら」
まわりから宥められている。

10数年前には、この岩礁探検中に、岩から滑落し、
一緒に行っていた友人らにおんぶされ、
病院に連れていかれた。
診断の結果、腰背中の打撲で、
全治3週間。
しばらく、車椅子を余儀なくされた。
良い子はマネをしないように。

すてきな景色は、眺めるのが一番なようで・・・
三浦かるた す_e0077899_15554530.jpg

by ishimaru_ken | 2019-06-17 05:54 | 昔々おバカな話
プロペラ機に君は乗ったか?
プロペラ機に君は乗ったか?_e0077899_647244.jpg
                   《木曽(中央)アルプス》

「今日、飛行機でそちらに向かいます」
日本国内でこの言葉をはけば、その飛行機とはすべて、
ジェット機だ。
ジェットで推進する飛行体。

ところが、その昔は、ほとんどの飛行機が、
 《プロペラ機》だった。
何がどう違うのか?
構造だのの話をしたいのではない。
客としての乗り心地の話をしたい。

今現在、飛行機に乗っていて、気流が乱れた時、
機体が揺れる。
ジェット機が、グラグラ揺れる。
 「私達キャビンアテンダントも機長の指示に従い着席します」
嬉しくないアナウンスが流れる。
 「いやあ~今日乗ってきた飛行機、信じられないほど揺れてサ」
飛行場に迎えにきてくれた友人に、揺れを大げさに語る。
しかしである・・・

比べてみると、その昔の、
プロペラ機の揺れたるや、驚くべきものがあった。
先ほどの、「信じられないほどの揺れ」どころではない。
レベルが違う。
特に、下降している時に、大きな雲に突入した際は、
揺れを通り越し、ドスンと落ちた
いわゆるエアーポケット
一瞬身体が浮く気分。
ふわぁ~
目の前のテーブルに置いてあるトレイが浮いて顔の前まできた。

その後、グニャリグニャリと機体が捻じ曲げられる感覚で、
下降が続く。
前の席の背もたれに入れてある紙袋の意味を理解した。

脱いでいた靴が、右に左に前後に動き回り、
いなくなる。
(飛行機内で靴脱ぎはしないほうがいいと、悟る)

キュッ
タイヤがきしみ、
優れた操作でランディングした機長に、
客たちから称賛の拍手が涌く。
パチパチパチ
東京羽田から、大阪伊丹空港までの小一時間、
汗みどろ、心臓バクバク、ふらふらの遊覧飛行。

そのあと演じた私の芝居の公演は、どうだったのだろう?
覚えていない。
いないが、ひょっとすると、
生きるか死ぬか・・・
とんでもないテンションの芝居だったかもしれない。
プロペラ機に君は乗ったか?_e0077899_6464666.jpg
            《南アルプス》
by ishimaru_ken | 2019-06-13 05:45 | 昔々おバカな話
先輩役者たちのお話し
先輩役者たちのお話し_e0077899_932285.jpg
                    京都嵐電
~~~昨日の続き~~~

京都東映の撮影所の宿で、先輩の役者諸氏と連日呑み歩く話。
35才頃の私としては、体力ありあまり、
連日の睡眠時間過小にも耐えられる頃であった。

しかしながら、なぜ、連日夜中まで祇園界隈までついていったのか?
ふむ・・
そのなぜを、今思い起こしてみるに、
一言で表現するならば、
先輩役者のお話しが、あまりにも面白かったのである。
基本的に、昔話をされるのであるが、
その話術たるや、さすが、長年役者稼業をしてきただけの事はあって、
話しによどみがない。
人を飽きさせることがない。

 『ところで、君は名前は何といったかな?』
 「イシマルです」
 『そうそうイシマル君、この店の女将はネ・・・・』

この語りを何度もやる。
いちいち私の名前を忘れる。
いちいち私の名前を聞く。
いちいち私の名前を口にだす。
なぜか?
飲み屋で、私の名前をアピールしてくれているのである。

同じ名前の伝え方でも、お洒落である。
 『ママ、こいつ歌うまいんですよ』
 「いえ、ダンスです」
 『そそ、ママ、こいつとダンス踊ってみなさいヨ』
ってんで、私とママがムードダンス的なものを踊らされたりする。
すると翌日・・・
 『監督ぅ~こいつネ、祇園でママ殺しですワ、ダンスで腰フリフリ!』
 「あっ、いえ」
 『もう、腰にグリグリ手をまわすは、
  ネエネエ、あのあとどうなったん?』
一緒にタクシーで帰ってきたクセに、
話しをどんどん面白く発展させる。
挙句に、
 『え~今日も祇園行くのお~勘弁してよ、おいら眠いよ~』
 「いえ、先輩がタクシー呼べって言ったから、あっ来ました!」

しかして、先輩役者たちの語りの世界に、
半眼つぶった状態の私が、流されていくのでした・・・
先輩役者たちのお話し_e0077899_8512926.jpg
            ドクダミ
by ishimaru_ken | 2019-06-09 05:50 | 昔々おバカな話


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