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カテゴリ:昔々おバカな話( 493 )
三つ子の魂66まで
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               鳳凰三山 地蔵岳

 「落ち着きがないなあ」
 「いっときもジッとしていないなあ」
常に私が言われる言葉である。

 「テーブルを揺するなヨ」
 「一回座ったら、動くなって」
レストランでは、こう言われる。

 「そこはもう探したろ」
 「ないものは諦めろって」
捜しものをしてると、たしなめられる。

基本的に私は、叱られている。
子供のころから叱られ、ずっと叱られ続け、
今でも叱られている。
しかも、同じ内容で叱られている。
叱られる内容が、変化しているならまだしも、
全く同じ動作であり、失敗であり、こだわりに向けて、
お叱りの言葉が吐きだされる。

さすがに、この年齢に人間に、
きつい言葉は投げかけられないのだろうか。
オブラートされた会話の中で、
しっかりとお叱りをされている。

 「はあ~・・またどこかにスマホお忘れになったのネ」
 「帽子をどこに置いてきたんですか?」
え~とネ、私的には、忘れたとか置いてきたとか、
そういう高齢者特有のしばりではなくですネ・・
忘れ物に関しては、小さい頃、
それこそ幼児の頃からのクセでありまして、
是非、クセとしての括りで扱ってもらいたい。

たとえば・・
 「あ~この人は数学的にモノを考えるクセの人だな」とか、
 「あ~この人は音に敏感なクセがあるのだな」とか、
そういう括り方でとらえてもらいたい。
つまり、いま最近忘れ物をするようになったのではなく、
小学生、いや幼稚園のころから、
忘れ物をするクセのある人間だったと、
認識し、括っていただきたい。

でないと、単に私がスマホを、
ちょいと、駅のトイレに忘れたぐらいで、
 「ああ~やっぱりネ」
とかの溜息をしないでもらいたい。
帽子をタクシーか飲み屋かに忘れたぐらいで、
 「ふ~ん」と冷たい目線を送らないでくれたまえ。
えっ、タクシーか飲み屋かはっきりしろって?
あ・・いや・・駅のベンチかもしれんしぃ・・
あ~思い出した、思い出した!
新幹線の、帽子掛けだワサ!
えっ、見つかった?
拾得物集積所にあるから取りに来いって?

ん・・・だからサ、これはクセでありましてだネ。
えっ、自分で行けって?
 「あ~ごべんネ、なんだか最近ぼんやりしちゃってネ、
  どこサ取りに行くのか、よく分かんなくてサ・・」
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          御嶽山 三の池
by ishimaru_ken | 2019-11-08 05:31 | 昔々おバカな話
ラグビーの破れないジャージ
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 ラグビーの試合を観ていて、いつも感心する事がある。
彼らが来ているジャージは、なんと丈夫なんだ!

一見、ティシャツである。
しかし、上着が破れるシーンを見たことがない。
今から、40年以上前には、よく破れるシーンを目にした。
しかし、現代はいかに!
2mになんなんとする大男たち。
力持ち。
握力計が振りきれる人すらいる。
フライパンをひん曲げたり、
ゴム製の湯たんぽに息を吹き込んで、
破裂させる荒業を披露したりするモノすらいる。
その彼らが、ジャージを掴んで離さない。
よほどの強度がなければ、バリバリに破れるだろう。

上着の進化に感心しながら、
ゲーム中に、私がひそかに期待していたのは・・・
『パンツが破れる』
その昔、ラグビー選手は、下着のパンツを履いていなかった。
理由は、試合中に破れるからである。
よって、下半身は厚手の半ズボンだけをまとっていた
 (今は、インナーパンツをはいている)

その半ズボンが、時折、破れる。
当然、中身があらわになる
これはマズイ。
観客もその事実を知る。
女性客も大勢いる。
では、どうするか?

破れた本人を中心にして、グルリと輪をつくり、
とり囲むのである。
14人いるので、広めの着替え場ができる。
彼らは、外側を向いてとり囲む。
そこに、ベンチから替えのズボンを持った選手が走ってくる。
そして、ゴソゴソゴソ・・
むくつけき大の大人が、秘め事をしている。
観客も心得たもので、知らんぷりする者もいれば、
ピーピーと指笛をならし、ハヤす輩もいる。
格闘技ともいえる激しいラグビーの、
いにしえの、微笑ましいひとときだった。

そんな時、必ずと言ってよいほど、甲高い声が聞こえる。
誰かが連れてきた初めてラグビーを観る若き女性の声。
「ねぇねぇ、アレ何やってんの?
 ねぇねぇ、中で何やってんの?
 ねぇねぇ、なかみって、なに?」
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by ishimaru_ken | 2019-10-09 05:44 | 昔々おバカな話
一ノ倉の岩壁を眺めて
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 谷川岳に《一の倉沢》いちのくらさわ、という場所がある。
沢という名前がついているが、
そこには身の毛もよだつ岸壁がそそりたっている。
1200mの標高差の絶壁。

18才の頃から、この岸壁のぞきに足しげく通った。
岸壁を登るのではない。
その下に立って、眺めるのである。
JRの土合駅地下ホームから462段という長い階段を登り、
お日様を拝んだら、だらだらと、
コンクリーの道をひたすら歩いてゆく。
やがて、ロープウエイの駅を通り越し、
谷川岳資料館をちょいと覗いて、一時間ほど緑の中を歩く。
(歩きたくない人は、シャトルバスが運行している)

すると、突然、見上げんばかりの大岩壁が目の前に登場する。
その写真は、谷川岳の観光写真で観るひとも多い。
しかし、写真とは、
あまりにもデカイものは撮り切れないので、
広角レンズで収めている。
したがって、大きさは表現されない。
写真に惹かれてやってきた初めての人は、
あまりの岸壁のスケールの大きさに、
腰が抜けそうになる。
これまで、何度もこの場所にやってきた私ですら、
腰が心配になる。
想像以上の迫力に圧倒されるのだ。
何回観ても、毎回圧倒される。
こんどこそはと心してやってきても、
「おおお~~~~!」
思わず声を発してしまう。

今回は、我らが山仲間のウエタケ君に見せたくて、連れてきた。
彼は、一の倉沢の真下に立った。
黙った。
しばらくしても口をひらかない。
ただ岩をにらんでいる。

この岸壁に、過去、数百人の人が吸い込まれていった。
ひとつの山で亡くなった数としては世界一で、
ギネスブックにも載っている。
土合駅の462段の階段の数すら越えてしまうという、
哀しい記録である。
そのひとりひとりの、谷川にかける青春の、
狂おしいほどの情熱がこだまし、
今も、時折、ハーケンをうつ音が聞こえてくる。
あれは、かれらの残響だろうか・・・
やっと振り返ったウエタケ君のほおが、赤るんでいた。

私はなぜ、岩登りをしなかったのかって?
(確かに岩好きなのに・・)
それはネ、最初に読んだ山の本が、
新田次郎著の、《孤高の人》だったからである。
一人で山に行く、単独行の加藤文太郎に憧れたのだ。
ところが一人では、岩は登れない。
ゆえに岩に登らなかったというだけの話なのだが、
もし、あの本ではなく、最初の山の本が、
岩に関する本だったとしたら、
ひょっとすると、
私も土合駅の階段の数に入っていたかもしれない。
慎重だが、無鉄砲の方がまさっている私の場合、
そちらの可能性の方が高い。
それはそれで仕方ない人生選択だろう。

今年も、一ノ倉の岸壁をのぞきに来た。
あと何回来るだろう?
一度も登った事のない場所に、
なぜこんなに惹かれるのだろう?
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by ishimaru_ken | 2019-10-08 05:00 | 昔々おバカな話
白黒写真
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 昭和28年生まれ、1953年。
この人には、最近になってポロポロと、ある写真が出てきた。
《白黒写真》
今から50年、60年前の写真なのだから、
白黒写真であるのは当然である。
カラーが世の中に普及したのは、45年ほど前だ。
バカチョンカメラと呼ばれたカメラの登場は、
さらに、10年の時を要する。

当時は、《白黒写真》という呼び方すらなかった。
そりゃそうだろう。
白黒しかなかったのだから・・・
そして、今、その写真が、タイムカプセルよろしく、
目の前に蘇ってきた。

実家の倉庫だの、友人のアルバムの中だの、だのだのの中に、
はっきりとした白黒写真が、発見される。
昔の写真は、丁寧に保管されているセイか、
セピア色に変色していない。
たとえ、変色していたとしたら、
その写真を、デジタルカメラで撮り、
白黒処理をすれば、その時代のリアルな写真として蘇る。

私の小学生の頃のアルバムは、すべて白黒。
ゆえに、着ていた服の色を思い出そうとしても、
出てこない。
まあ、さほど色のついた服を着させてもらえない時代だったので、
悩みはない。
ただ・・祭りや舞台の写真に色がないのは、
どこか間が抜けているようで、残念である。

白黒写真のいいところは、
《色の白いの七難隠す》と昔からのコトワザで言うように、
たいがいの人を美化してくれる。
特に、子供の場合は、だれでも可愛い。
という事で、けんじろう君も、
美化されて登場するのであった。
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      ムキ卵とアダ名された頃の 小学5年生
by ishimaru_ken | 2019-07-09 05:17 | 昔々おバカな話
三浦かるた す
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 三浦かるた 『す』

 すてきなけしき
 海岸段丘


~~~ ~~~ ~~~
海岸段丘である。
岩礁地帯である。
私が長年、海岸の地図つくりで探検している、
三浦半島の岩礁地帯だ。
太古の地層がむき出しになり、
地球の造山活動の歴史を、教えてくれる。
台風がくれば、大波で洗われて、年々景色が変わっている場所だ。

サスケの練習場所として、
《ゴジラの背中》と名付けた一帯は、
ゴツゴツとした岩が連なり、もし転べば、大ケガ必死。
そこを全力で走りぬけるのである。
集中力が高まれば転ばない、という信念が、
今のところ勝っているから転ばないのだが、
 「そろそろやめたら」
まわりから宥められている。

10数年前には、この岩礁探検中に、岩から滑落し、
一緒に行っていた友人らにおんぶされ、
病院に連れていかれた。
診断の結果、腰背中の打撲で、
全治3週間。
しばらく、車椅子を余儀なくされた。
良い子はマネをしないように。

すてきな景色は、眺めるのが一番なようで・・・
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by ishimaru_ken | 2019-06-17 05:54 | 昔々おバカな話
プロペラ機に君は乗ったか?
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                   《木曽(中央)アルプス》

「今日、飛行機でそちらに向かいます」
日本国内でこの言葉をはけば、その飛行機とはすべて、
ジェット機だ。
ジェットで推進する飛行体。

ところが、その昔は、ほとんどの飛行機が、
 《プロペラ機》だった。
何がどう違うのか?
構造だのの話をしたいのではない。
客としての乗り心地の話をしたい。

今現在、飛行機に乗っていて、気流が乱れた時、
機体が揺れる。
ジェット機が、グラグラ揺れる。
 「私達キャビンアテンダントも機長の指示に従い着席します」
嬉しくないアナウンスが流れる。
 「いやあ~今日乗ってきた飛行機、信じられないほど揺れてサ」
飛行場に迎えにきてくれた友人に、揺れを大げさに語る。
しかしである・・・

比べてみると、その昔の、
プロペラ機の揺れたるや、驚くべきものがあった。
先ほどの、「信じられないほどの揺れ」どころではない。
レベルが違う。
特に、下降している時に、大きな雲に突入した際は、
揺れを通り越し、ドスンと落ちた
いわゆるエアーポケット
一瞬身体が浮く気分。
ふわぁ~
目の前のテーブルに置いてあるトレイが浮いて顔の前まできた。

その後、グニャリグニャリと機体が捻じ曲げられる感覚で、
下降が続く。
前の席の背もたれに入れてある紙袋の意味を理解した。

脱いでいた靴が、右に左に前後に動き回り、
いなくなる。
(飛行機内で靴脱ぎはしないほうがいいと、悟る)

キュッ
タイヤがきしみ、
優れた操作でランディングした機長に、
客たちから称賛の拍手が涌く。
パチパチパチ
東京羽田から、大阪伊丹空港までの小一時間、
汗みどろ、心臓バクバク、ふらふらの遊覧飛行。

そのあと演じた私の芝居の公演は、どうだったのだろう?
覚えていない。
いないが、ひょっとすると、
生きるか死ぬか・・・
とんでもないテンションの芝居だったかもしれない。
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            《南アルプス》
by ishimaru_ken | 2019-06-13 05:45 | 昔々おバカな話
先輩役者たちのお話し
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                    京都嵐電
~~~昨日の続き~~~

京都東映の撮影所の宿で、先輩の役者諸氏と連日呑み歩く話。
35才頃の私としては、体力ありあまり、
連日の睡眠時間過小にも耐えられる頃であった。

しかしながら、なぜ、連日夜中まで祇園界隈までついていったのか?
ふむ・・
そのなぜを、今思い起こしてみるに、
一言で表現するならば、
先輩役者のお話しが、あまりにも面白かったのである。
基本的に、昔話をされるのであるが、
その話術たるや、さすが、長年役者稼業をしてきただけの事はあって、
話しによどみがない。
人を飽きさせることがない。

 『ところで、君は名前は何といったかな?』
 「イシマルです」
 『そうそうイシマル君、この店の女将はネ・・・・』

この語りを何度もやる。
いちいち私の名前を忘れる。
いちいち私の名前を聞く。
いちいち私の名前を口にだす。
なぜか?
飲み屋で、私の名前をアピールしてくれているのである。

同じ名前の伝え方でも、お洒落である。
 『ママ、こいつ歌うまいんですよ』
 「いえ、ダンスです」
 『そそ、ママ、こいつとダンス踊ってみなさいヨ』
ってんで、私とママがムードダンス的なものを踊らされたりする。
すると翌日・・・
 『監督ぅ~こいつネ、祇園でママ殺しですワ、ダンスで腰フリフリ!』
 「あっ、いえ」
 『もう、腰にグリグリ手をまわすは、
  ネエネエ、あのあとどうなったん?』
一緒にタクシーで帰ってきたクセに、
話しをどんどん面白く発展させる。
挙句に、
 『え~今日も祇園行くのお~勘弁してよ、おいら眠いよ~』
 「いえ、先輩がタクシー呼べって言ったから、あっ来ました!」

しかして、先輩役者たちの語りの世界に、
半眼つぶった状態の私が、流されていくのでした・・・
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            ドクダミ
by ishimaru_ken | 2019-06-09 05:50 | 昔々おバカな話
先輩役者と呑み続ける
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 昨日、役者の出会いの話をした。
役者と呑む話もした。
そこで、時間を30年ほど遡ろう。

所は、京都の太秦撮影所。
時代劇だの太作映画だの、だの、だの、だの、
日本映画界の大きな節目を飾った映画を生み出した撮影所だ。
その入口の門の手前に、いくつもの宿泊施設があった。
世間でいう、ホテルであり旅館。
そこに、我々役者諸氏は泊っていた。

 「ただいま~」
撮影が終わり、夜の9時に宿の扉をあける。
カラン、コロ~ン
その宿は、1階が昼間はカフェ、夜はスナックとなっている。
そのカウンターで、先輩役者たちが呑んでいる。
その横を、通らなければならない構造になっている。
 『おう、終わったのかい』
 「はい」
先輩の役者二人がが、カウンターのスツールに座り、
声をかけてくる。
 『まさか、このまま眠るなんてことはないだろネ』
 「ええ、降りてきます」
2階の部屋に住まっている私としては、
明日、6時出発をかんがみ、眠りたいのだが、
ここはひとつ、シャワーを浴びたあと、
先輩諸氏のカウンターに舞い戻ってくる。

んで、小一時間ビールをあおっていると、
 『タクシー呼んでくれる』
先輩たちは、これから祇園に繰り出そうというのである。
一緒に行くか行かないかの選択はない。
うむを言わせずの連れ去りである。
かくして、夜中の2時3時まで酒盛りして宿に戻ってくる。
明日(今日)は、朝6時出発である。
もうろうとしたまま、撮影所に向かう。

しかして、再び、夜の9時、宿に戻る。
すると・・・
例のカウンターに、昨日と違う先輩がグラスを傾けている。
 「お疲れさまでしたあ~」
 『おう、待ってるぜ』

『待ってる』と言われて、眠る訳にもいかない。
しかして、カウンターの人となり、
タクシーの人となり、祇園から夜中帰りの人となる。

そして、翌日。
 「お疲れさまでした~」
驚くべきことに、先輩役者がまたまた入れ替わっている
 『おお~いいとこに来た』
 「先輩、明日ロケはないんですか?」
 『へへ、休みなのサ』
しかして、カウンターからタクシーになり、
祇園となる。
連日の睡眠時間ほとんど無しざんまいである。

そして、4日目・・・
 「お疲れさまでした~」
 『おう、昨日○○野郎に連れ回されたんだって?』
 「いえ、そんな」
 『大変だったな、よし、今日は寝な』
 「えっ」
 『いいから寝な』
 「有難うございます」
 『んでヨ、小一時間したらタクシー呼ぶから、起きてきな』

楽しいお話し満載の日々が続くのであった。
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by ishimaru_ken | 2019-06-08 05:45 | 昔々おバカな話
汽車で酔う
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 《船酔い》したことがありますか?

船酔いはつらい。
私も二度、辛い船酔いをしている。
船酔いの、つらさは、逃げられないつらさとも云える。
海の上では、船からおろしてくれとも言えない。
降りる場所がないのだから、仕方がない。
この《仕方のなさ》が、自分を追い詰める。

では、車酔いは、しましたか?
子供の頃、自動車やバスで、酔ったものだ。
私は、バスが弱かった。
30代後半まで、バスで酔った。

さあ、ここでアナタに聞きたい。
 「列車で酔ったことがあります?」

その昔、《電車》の事を、《列車》と呼んでいた時代。
いや、正確に言えば、
 《汽車(きしゃ)》 と呼んでいた時代。

汽車に乗ると、酔ってしまう人が大勢いた。
理由は、普段乗っていないから。
もっと云えば、ほとんど乗ったことがないから。
彼らは汽車に乗り、しばらくすると、目がうつろになり、
口をあけ、パクパク酸素を吸い込み始める。
やがて、窓をあけ、スースーしていたかと思いきや、
ダッ
連結器のある乗車扉に向かう。
扉をあける。
(その頃の扉は、自分で開けられた)
両側についている鉄棒を握りしめ、顔を外に出す。
胃袋からの大騒ぎにそなえる。

《汽車で酔う》という稀有な人たちがいた時代である。
ということは、現代では、稀有な人は、
何に酔うのであろうか?

まさか・・自転車?
まさか・・・・・・ランニング?

ちなみに、船酔いしたときに、船から海に飛び込んでも、
酔いは同じです。
海の上を漂いながら、酔っています。
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          ハタ刺し身
by ishimaru_ken | 2019-05-12 05:37 | 昔々おバカな話
塩ムスビ
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 「オニギリをむすんで行こうかな」
ふらっと低山を登ってみたくなる。
オニギリを持っていく。

最近のオニギリは凝っている。
コンビニもスーパーも、オニギリ合戦をしているかのよう。
中に入る具が、とてつもなく種類が多い。
多いだけでなく、本来ソレは、
立派なオカズだろうと思える具材が入っている。
「照り焼きチキン」だの
「深煎りチャーシュー」だの、
オカズとしても、簡易にはできそうもないオカズだ。

「よし、今日は、塩ムスビにしよう」
具材を抜いてみた。
オムスビの元祖ともいえる、単純さを求めた。
そもそも、オムスビに具が入っているのを見たのは、
東京に出てきてからだった。
その昔、大分の田舎では、オムスビは、すべて塩ムスビであった。
貧しくて具が入れられなかったのか?
具を中に入れる慣習がなかったのか?
定かではないが、オムスビと云えば、
手の平の親指の付け根のふくらみに塩をのせて、
うんこらうんこらと握るむすび方が、正式だった。

オカズは、別に持って行った。
といっても、せいぜい卵焼きかウインナーに過ぎない。
サバの缶詰を持っていくのは、御馳走のたぐいに入れられた。
オムスビの米が手にネバネバ張り付き、
食べにくいという理由で、
たまに、海苔が巻かれた。
こればかりは、大変な贅沢だった。
《海苔が巻かれたオニギリ》との名前まで付けられていた。
つまり、海苔はオカズであるからして、
海苔オニギリを食べる時は、オカズを食べなかった。
オカズをダブルで食べるような気がしたからである。

そして時折、塩だけでなく、ゴマがフラれている時もあった。
この辺りは、微妙なオカズ感である。
分類としては、オカズには入らないのだが、
塩以外がまぶしてあるという考え方を持ち込むと、
オカズに手を伸ばしていいのかという疑問は少しわいた。

このゴマが、のりたまに進化すると、
はっきりとしたオカズと認定される。
オニギリに限らず、普段の食事でも、
のりたまは、厳然たるオカズとして、食卓に乗っていた。
よもや、のりたま付きで海苔が巻かれてあったとしたら、
それは、現代でいう、《照り焼きチキン入り》と遜色ない。
そんなオニギリを食べている人が、卵焼きに箸を伸ばしたとしたら、
バシッと、はたかれる。
「贅沢な!」
オカズ泥棒呼ばわりされるかもしれない。

さあ今日は、塩ムスビだけで、
山頂の空気を味わいましょうかねぇ~
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by ishimaru_ken | 2019-04-21 05:21 | 昔々おバカな話


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