カテゴリ:昔々おバカな話( 470 )
爺様の映画館
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 幼稚園の頃だった。
私の爺さまは、大分県の豊後高田市という町で、
映画館を営んでいた。
東映系の映画館、とはいえ、
ありとあらゆるジャンルの映画を掛けていた。

爺さまの子供、つまり私の父親は銀行員で、
休みの日には時折、
家族を連れて、爺さまの家に里帰りした。
すると子供たちは、ほおっておかれる。
「映画館でも行っちきヨ」となる。
まだ5才のけんじろう君も、ほおっチおかれた。
人間の大きな顔が描かれた入口で、キョロキョロしていると、
切符切りのオジサンが手招きしてくれる。
「ケンボかい?ほら、はいりぃ~」

けんじろうこと、ケンボと呼ばれる私は、扉をあけられ、
真っ暗な魑魅魍魎の世界に誘い込まれる。
その途端、大音量が響く。
正面の四角画面に、大人の人たちが、
刀を振り回し暴れまわり、大声を発している。
何を喋っているのか分からない。
ギャーギャーワイワイ
(今思えば)白黒のスクリーンが、
タバコの煙でモウモウとしていた。

《えいがかん》は5才の子供にとって、
暗闇と轟音が響きわたる洞窟であった。
時折、歓声がおこり、笑いがおき、拍手がなった。
最後尾に座った私の背中には、薄明りの漏れる売店があった。
オバチャンと目が合うと、手招きしてくれる。
そこには、パラソルチョコレートだの、
サイコロキャラメルだの、風船ガムだのが積まれてあり、
「はい、コレ」
オバチャンから手渡されたガムを、その場で口に押し込む。
カチョン!
ラムネの瓶を渡される。
カラコロいわせながら、席に戻る。
異空間にほおり込まれたけんじろう君には、
えいがかんとは、おやつを頂く喫茶場所だったようだ。
そして、目の前で繰り広げられる、白黒の、
《ばけねこ》が怖かった。
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                 けんじろう君
 
by ishimaru_ken | 2018-11-23 06:03 | 昔々おバカな話
映画をむさぼり観る
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 昔々の話で申し訳ない。
といえども、さほど昔ではない。
たかが47年前に過ぎない。
東京都内に映画館がいくつかあった。
ロードショーを掛ける映画館ではなく、
新作からしばらく経過した、3本立ての映画館がいくつもあった。
料金は200~300円。

 《ヒマワリ》
 《シェルブールの雨傘》
 《昨日そして明日》
毎日のように通った。
 《鉄道員》
 《第三の男》
 《誰が為に鐘はなる》
繰り返し観た。
 《サウンドオブミュージック》
 《ウエストサイドストーリー》
 《ある愛の歌》

通っても通っても、おしみなく映画が上演された。
一日に3本見ると、7時間かかる。
一週間見続けると、50時間ほど映画づけになる。
それでも、若さの特権!
映画を観続けた。

 《チャップリンの短編》
小さな映画館の知らせがあれば、出かけた。
当時はネットもなく、新聞の片隅に書いてある知らせ。
そんなミニ情報をしらみつぶしに探した。
映画館といっても、30人入れば満杯の部屋。
 《バスターキートンの短編》
出かける。
 《ハロルドロイド》
観に行く。
なにはなくとも、東京中でかかっている映画を、
漏れなく観に行った。
勉強の為ではない。
そのすべてが面白かった。
ある意味、恵まれていたとも言える。
当時、世界中から選ばれた、
最高傑作の映画ばかりが観られたのであるから。
 《十戒》 途中トイレ休憩をはさみ6時間
 《ベンハー》
 《大地の歌》三部作、インド映画、休憩込みで12時間だったか。

映画の楽しみは、私の中に染みついている。
ん・・?
ほんとは、もっと昔・・子供の頃かもしれない。
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by ishimaru_ken | 2018-11-22 05:10 | 昔々おバカな話
スープを飲まされる意味
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 若いころ・・20代の頃と言おうか、
フレンチを食べる機会があった。
オードブルが出てきて、フォークを使ったと思ったら、
すぐに片づけられ、スープが出された。
(なんだヨ、スープって、早く肉とかガツンと食べたいのに)

同じころ、日本料理のコースを食べる機会があった。
八寸と刺し身をたいらげたと思ったら、
《箸休め》なる澄まし汁が出された
(おいおい、休みたくないから、ド~ンときて!)

20代の頃には、スープだの汁だのの意味がわからなかった。
最後のご飯の時に、味噌汁がついてくるのは、理解できるが、
お酒を飲んでいる最中の汁モノが、若者の理解を越えていた。

時が経つこと数十年。
我が家では、晩酌の最中に、汁モノが出てくる。
喜んでジュルジュルすする私がいる。
酒を呑んでいるさなかにスープ類をのむ意味を、
体験的に学習した。
医学的には、身体を冷やさないだの、胃の中を薄めるだの、
様々あろうが、
本人の感覚を述べると、翌朝の調子が良い
汁ものを飲んだ時は、明らかに体調が優れる。
ほんじゃ、いつも飲んでやろう・・となる。

今ひとたび、20代の頃のシーンに戻ってみよう。
コース料理の最後に、デザートと紅茶がふるまわれる。
デザートはいいとして、紅茶が飲みたくなかった。
せっかくの酔いが覚める気がした。
和食でも同様だ。
お茶を飲まされると、興ざめしたものだった。

それが今・・・
紅茶だのお茶だのを、ガブガブ飲んでいる。
酔いが覚めることはないし、興ざめもしない。
むしろ、余韻が楽しい。
さらに、翌朝の目覚めが素晴らしい。
食事中に水分を摂る意義が理解できた。
理解するのに、ずいぶん長い年月がかかった。
その年月は無駄ではなかった。
なかったものの、もっと早く教えてほしかった。

そうだったのか!
スープを飲まなきゃ、次の料理が出てこなかったのは、
なにがなんでも、スープを飲ませようとした、
身体の事を考えた料理の歴史のたまものだったのか!
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by ishimaru_ken | 2018-11-12 05:35 | 昔々おバカな話
角替和枝 悼む
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 《角替和枝》 つのがえかずえ 64才

44年前、《劇団暫》(しばらく)、というアングラ劇団があった。
アングラとは、アンダーグランドの意味で、
地下にある小さな劇場で、
50人、100人ほどの客を相手に芝居をしていた。
メジャーでないという意味で、アンダーグランドとも使っていた。

その暫に、角替和枝がいた。
もちろんイシマルもいた。
10人ほどの若者が、汗みどろになって、芝居をしていた。
なんせお金がない奴らばかり。
着ているものも粗末で、食べ物にも恵まれない。
やせ細り、常に飢えている。
誰かが食べ物関係のアルバイトを始めると、
寄ってたかって、残り物に群がった。
しかし、気概だけは高かった。
「面白い芝居をつくろう!」
アイデアが浮かぶと、すぐに芝居に採用した。

小さな劇場さえ借りられないので、
どこかの劇団が公演中の、使っていない昼間に、
われら暫の公演をおこなった。
料金は100円。
今の金額に換算しても500円。
しかし、内容はとても面白く、たくさんの客が押し掛けた。
年に何本も芝居をやった。
夜にやっている劇団の本公演より、沢山客が入るというので、
やがて、暫が本公演をうつことになった。
角替和枝は、暫の看板女優であった。
まだ20過ぎで、可愛らしく、芝居も切れよく、
お客に受けた。

お芝居の見た目だけで云えば、都会っ子なのだが、
元々、静岡の農家の出。
喋りに「ずら、だら」が日常的に出てくる。
下駄ばきにチャンチャンコを着こんで暮らしている。
都会的な顔立ちと、田舎モノの風貌とのギャップが、
厳しい時代の中、ほんわかした空気をつくった。
仲間には、
 「かずえ、かずえ」と呼び捨てにされた。

つかこうへい事務所に、初めて出演したのも、イシマルと同時。
身体が弱かったのか、稽古場でよく倒れ、
病院に運こんだ。
よくまあ、64才まで生きながらえたものだ。

暫で、今では作家の長谷川康夫(当時役者)と、
角替和枝がつくった傑作作品。
 《スチュアーデスの腹話術》
かずえが人形になり、長谷川が人形使い、
なぜか、人形(かずえ)が大阪弁のお転婆娘という設定。

 「今日は、飛行機で来たんですよネ」
 『ヒコーキぃバカ揺れ~』
 「高いとこ飛んでネ」
 『スッチャデス、きれいやわぁ~』
 「スチュアーデスさんでしょ」
 『すっちゃすっちゃ、スッチィ~!』
 「やめなさい」
 『♪~スッチィー音頭や、スッチィ~ホイホイ!』

10分ほどのコントに近い寸劇。
『花咲か村に春がきた』という芝居の、一場面。
ちなみにイシマルは、その村の奇術を使う和尚で、
かずえは、村娘。
当時のことでビデオも残っていないが、
鮮明に記憶に染みついている。

呼び捨てにできる女優が、ひとりいなくなった・・・
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by ishimaru_ken | 2018-10-28 09:55 | 昔々おバカな話
ホテルの明かりが消えな~い
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 ふたたび、《ホテルの照明消し問題》である。
コレを聞いただけで、
長年、このコーナーにお越しの方なら、
 「ええ~又、何かあったんですか~?」
当然の疑問が湧き起るハズだ。
そう・・何かあったのだ。

先日の台風の夜だった。
関東を未曽有の大風が襲った。
翌朝、ドラマのロケがあるというので、
現場近くのホテルをとった。
ちょいと風変りのホテルだなと思った。
「ファックスはお部屋まで届けられません」と言われた。
「朝食は、お部屋まで届けます」と言われた。
「入室は18時以降」と言われた。

部屋は綺麗だった。
それなりに広く、ベッドも広かった。
設備に関しては、文句のつけようがなかった。
さあ~眠ろう。
っと・・・
部屋の明かりを消すボタンが見つからない。
ボタンは沢山あるのだが、
明りを付けるボタンは見つかった。
しかし、消すボタンが分からない。
今、ボタンボタンと表現しているが、
実際、ボタンである。
15ほどのボタンが並んでおり、
ひとつのボタンを押せば、何かが変わる。
音楽が鳴り響いたり、音量が変わったり、
部屋の色が青くなったり、ピンク色になったり・・
冷房が強くなったり、弱くなったり・・

しかし、明かりが消えない。
全部のボタンを押してみたが、暗くならない。
他に部屋の照明を消す手立てはないものかと、
部屋中を歩いて、探してみたものの、
まったく手がかりがない。
長年、《ホテル部屋照明消す問題》で苦しんだ私でさえ、
見つけることができない。

つい、絶対やりたくない、
<肩あげ手の平空向け>ポーズをとってみた。
ついでに、絶対口に出したくない言葉まで吐いてみた。
 おおまいごっと

明りが消せない。
何か盲点があるに違いない。
そして、今回の・・答えは、

 《タイムラグ》

ボタンを押して、しばらく待てば、消える
しばらくとは、4~5秒である。
その間が待てないから、人は、ボタンを押し続ける。
すると反応しない。
今、と言ったが、と言いなおそう。
ホテルの名誉の為にも言い直そう。
待てない人は私だけかもしれない。
たぶん私だけだ。
でも・・・・・しばらくして消えるなんて・・
ずるくない!

~~参考過去ログ~~
《ホテルのライト》     2007年4月23日
《ホテルのライトパートⅡ》 2007年4月25日
《ホテルの夢のスイッチ》  2007年7月20日
《真っ暗スイッチ》     2009年7月31日
《ホテルの明かりスイッチ》 2013年1月4日
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by ishimaru_ken | 2018-10-16 05:18 | 昔々おバカな話
ファンタスティックス
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 《ファンタスティックス》
ブロードウエイミュージカルである。
正確には、オフブロードウエイ。

30年ほど昔、ニューヨークに遊びに行った折り、
その頃でさえ、30年のロングランと言われていた舞台だったので、
すぐに、劇場を訪ねた。
客席数が200ほどの小さな劇場で値段も安い。
私が20代の頃、東京で立っていた舞台に似ている。
客席と舞台の堺が明確でない。

内容は、ラブコメディ。
 隣同士に仲の良くないオヤジたちが住んでおり、
 その息子と隣の娘が恋をしてしまう。
 オヤジの目を盗んで隣との堺の壁際で恋を語る。
 しかし、実は、そのオヤジたちは、大の仲良しだったのだ。
 ど、どういうこと?
 さて、その後の顛末は・・・

この芝居の中で歌われる歌が、
 《トライトゥ・リメンバー》
♪~Try to remember the kind of September~♪
(思い出してごらん、あの9月のことを)
ブラザース・フォアがカバーしていたので有名な曲だ。

最初に観た時は、英語もままならず、おまけに時差ボケで、
眠くて眠くて、覚えているのは、その曲だけだった。
2年後に再び、ニューヨークを訪ねた時は、
時差ボケが解けてから、出かけた。
あらすじもしっかり頭に叩き込んでおいた。
こればっかりは、知って観た方がいい。
う~む、実に面白かった。
2年の間に、すこしだけ役者の入れ替わりがあったものの、
レベルは高く、役者は魅力的でうまい!
あいかわらず、トライトゥ・リメンバーの歌に酔いしれる。

 その曲の3番では、
♪~Deep in December~♪
なる歌詞が出てくる。
すこし訳してみよう。
(間違えた)・・訳をみてみよう。

 12月が深まると 思い出に浸るのは素敵なことだ
 もうじき雪になるけれど
 僕らを酔わせた9月の炎を
 12月が深まれば 心に記憶を呼び起こし
 その想い出に浸るのサ


よし、今朝の生ラジオ《石丸謙二郎の山カフェ》で、
この曲をかけてみよう!
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     尾瀬の 燧が岳と尾瀬が原
by ishimaru_ken | 2018-10-13 04:27 | 昔々おバカな話
石焼きビビンバの恐怖
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 学習できない事項がある。
これまで、何度もやったのに、又やっちまった間違いである。

 「熱いのでお気を付けください」
ドンと出されたのは、
 《石焼きビビンバ》
真っ黒な石の器の中に、ビビンバが入っている。
コレが危ない。
あまりにも熱いので、湯気というモノが出ていない。
したがって、熱さを演出するモノが何もない。
危険信号のない物体である。
なぜか、その真っ黒な器を、つい持ち上げたくなる。

韓国料理というのは、器を持ち上げてはいけない。
文化なのだから、従うべきだ。
しかし、日本の食事文化として、つい器を持ち上げようと、
手を差し伸べる。
すると・・
ジュッ!

ひえ~~~
ユ・ユ・指がジュッって言った!
ねぇねぇ、ジュッって言った!
慌てて、指をテーブルに最初に出されたグラスの水に突っ込む。
うぅうぅぅぅ~

分かっていたじゃないか。
石焼きビビンバの真っ黒な器は、絶対触ってはいけないと・・
なのに、なぜか、触りたくなる。
黒イコール冷たいとのイメージなのか、
熱い事実を忘れてしまう。
出来れば、溶鉱炉のような、赤い石にしていただければ、
私の危機管理部門が発動して、絶対に触ることはないハズ。

そしてさらに悲しいことに、
私の、ジュッの愚行を笑いながら見ていた対面に座った仲間が、
「ちょっと食べさせて」
とばかり、手を差し伸べた。
もちろん、その真っ黒い物体に・・・
『やめろ!』
の言葉が届くその前に、
ジュッ!
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by ishimaru_ken | 2018-08-15 06:01 | 昔々おバカな話
鶏のモモの唐揚げ
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 《肉塊》という言葉を思い浮かべる時、
すぐに出てくる塊は、コレである。
《鶏のモモの骨つきレッグ》
子供の頃のご馳走は、コレで決まりだった。

誕生日には、一人一本のレッグが食べられた。
当時は、焼くのではなく、唐揚げにされた。
当時とは、50年以上前のことで、
鶏自体がすべて、野に放った地鶏であり、
皮の裏に、黄色いツブツブの脂がのっていた。
その旨さは、子供の目ん玉をとび出させていたものだった。
誕生日が嬉しいのではなく、鶏のレッグの唐揚げが食べられる喜びに、
うちふるえていたのである。
だから、誕生日とは、祝福されるというより、
腹と心が満たされる満足を味わう日だった。

このコンガリしたレッグに最初に歯をたてる瞬間の、
なんと魅惑的なことだろう。
ガブリッと削り取る快感!
ほんわかと立ちのぼる湯気にまとわりつく肉の香り。
なにより、片手に持ったままという独占感。
誰かに横取りされる心配をしなくていい。
足先を握ったままの我が姿勢に勇壮さを感じる。
背筋がのび、ヒジも張っている。
「ご飯の時は、脇をしめなさい」
口ウルサイ母親も、この時ばかりは、小言をいわない。
ヒジ張り行為を認めている。

ボク的には、このヒトかじりした瞬間を凍結し、
銅像にしてもらいたい。

これが手羽の方だと、そうはいかない。
同じ大きさでも、形状的な迫力に欠ける。
やはり、下北半島のような、鉈型が、
狩猟気分をあおるのである。
肉を喰らうとは、そういうことなのだ。
狩猟してきた肉にかぶりつくのだ。
だから、心の中で合掌して、ありがとうとつぶやく。

「ひときれも残さず、綺麗に食べつくすからネ」
最後は、歯で骨についたスジまで、こさいでゆく。
軟骨もコキリとはずし、ガリガリと噛んで呑みこむ。
もうこれ以上食べられるモノはないかと、
四方八方から眺めまわし、
いったん皿におく。
しばらくして、もう一度もちあげ、
八方十六方から眺めまわす。

やがて、充分に納得し尽くした骨の残骸は、台所に運ばれ、
出汁をとる鍋に放り込まれる。
まだまだ余韻にひたりたいのである。
翌朝、スープを含むとき、下北半島に想いを馳せたいのである。
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      空から下北半島 恐山
by ishimaru_ken | 2018-07-18 05:14 | 昔々おバカな話
遥かな尾瀬の歌の真実
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 「♪~夏がくぅれば、想いだすぅ~♪」
誰もが知っている尾瀬の歌。
誰もが主旋律を唄える。
たとえ、歌詞が間違っていても、主旋律は歌える歌。

ところが・・私は、主旋律がむつかしい。
なぜか?
この話はぜひ聞いていただきたい。
私を音楽畑から遠ざけた話かもしれないから。
その昔・・中学生の頃。
音楽の授業。
先生が、ある時、
「みんなでこの曲を歌いましょう」
呼びかけた。
「ここからはコッチ、そこからはソッチ」
二つのグループに分けられた。
で、ソッチにくりこまれたイシマル君は、
なぜか分からないが、隣の部屋に移動させられた。

オルガンが鳴らされる。
先生がタクト棒をふりながら、ソッチの人達に呼びかける。
「さあ、歌いましょう、尾瀬の歌です」
♪~夏がくぅれば想いだすぅ~♪
ソッチ組のイシマル君たちは、必死にその歌を唄った。
そして、何度も何度も唄い込んだ。

かような後、教室を移動させられた。
アッチ組と合流し、一緒に唄えと、オルガンの伴奏が始まった。
♪~夏がくぅれば~
アッチ組は、甲高い声で攻めてくる。
ぼくらは、ひく~い低音だ。
勝つか負けるかでいえば、完全に負けている。
それよりなにより、何が行われているか、意味がわからない。
アッチとコッチが歌い終わると、
先生が、手を思いっきり叩き、
「スバラシイ、スバラシイ!」
ほめたたえている。

ここで時が流れる。
いい大人になった頃、尾瀬の歌を唄う機会があった。
唄った。
すると、周りのみんなが、目を白黒させた。
「何?その音階?」
私は、いわゆる二部合唱の下の音階を唄っているのである。
いや、言い直そう。
下のメロディしか知らないのである。
下のメロディしか教えてもらっていないのだ。
アナタに訊いてみたい。
下のメロディを唄えますか?
知ってますか?
もし唄えたとして、「楽しいですか?」

あとで知ったのだが、上の音階の人たちが、
♪~オゼ~
と高音で悲鳴のように気持ちよく、叫んでいた時に、
ボクらは、
声変わりが終わったオジサンのような響きで、
♪~おぉぜぇ~と発っしていたのである。
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by ishimaru_ken | 2018-06-23 05:37 | 昔々おバカな話
パー
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 「コレ失ったら、すべてパーだ!」

この言葉、どう思いますか?
意味が分かったアナタに問うてみたい。
「パー」って何ですか?

今、横にいた滝田くんが答える。
 「パーってのは、全部なくなるんだから、パーだヨ」
 『んだから、そのパーは何?』
 「ナッシングでしょ」
 『わかった、じゃあ改めて訊く、パーは何語?』
 「うぐっ」
 『うぐ語じゃなくて、何語?』
 「パー語」
 『はいはい、君はそっちで朝飯食ってなさい』

オジサンは、何かというと、パーを使う。
オジサンの作家でさえ、パーを使っている。
さっき読んでいた百田尚樹の《逃げる力》にこう書いてある。

 <会社辞めたら、ここまで十年、二十年と苦労して、
  登りつめてきたのがパーになりますから、
  到底受け入れられないというわけです>

この文面から推測すると、
パーとは、
 「すべて無駄になる」
 「差し引きゼロになる」
 「ジャンジャン」
 「ふりだしに戻る」
となる。
そこまでは、わかった。
では、誰がどこで、この言葉を使いだしたのだろうか?

パーで、最初に頭に浮かぶのは、ゴルフのパー
プラスでもマイナスでもない状態を表現している。

次に浮かぶのは、ジャンケンのパー
手のひらをひらいて、皆に見せている。
したがって、「私は何も持っていない」
つまりゼロの状態・・

もう一つ浮かぶのは、関西で、
特に吉本で、
 「おまえ、パーちゃうんかい!」
アホかいなと、口から泡をとばしている。
毎週、吉本新喜劇では、
 「パーちゃうんかい!」
これが聞ける。
座長の内場勝則(うちば)さんは、甲高い声で高らかに~
 「パーちゃうんかい!」
っとここまで振っておきながら、吉本の話は忘れてほしい。
今日の、パーの探求から外れてしまう。

他にも説はあるだろうが、アナタの説は何だろう?
 「パー」
私もつい最近使った。
パソコンに取り込んだ、写真が・・
あれれ?
打ち間違いで、一瞬で消えちゃった。
その時の、首を垂れたようなつぶやきが・・
 「あっちゃっ、パー」
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  塔ノ岳の山小屋 尊仏山荘にて
by ishimaru_ken | 2018-06-12 05:58 | 昔々おバカな話


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